桃とらマンの平和な日々にミニ無垢が乱入!?

トラと無垢、2にゃんずの今後はいかに・・・・・

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無垢たんがいてくれて

闘病記を読んでくださった方、コメいただいた方ありがとう
ございました。
また、ブログにとらのことを書いていただいた方も何人かいらっしゃって。
ほぼお休みブログだったから、それをきっかけに見に来てくださった
方もいっぱいいました。
ありがとうございました。
まだ、とらのことを応援してくれてたのに今の状況をご存じない方も
多いとは思うんですが・・・・
それを伝えに行くべきなのか迷い中・・・
ブログ自体がなくなっちゃってる方も結構いるんですよね・・・・
直接伝えられない方にも、本当に感謝しております。
ありがとうございましたm(__)m


とらが旅立って3週間ほどたちました。
相変わらずなんともいえない心境ですかね。
受け入れているようないないような。
日常生活は送れているけどふとしたことで、とらのことを思い出し
いないことの辛さを感じてしまう。
とらの好物を見かけた時、食べた時・・・
晴天のベランダに出た時・・・
そして一番切なくなるのが、無垢たんがとらを探しているような行動を
取る時かな。
ふと部屋の上の方をじーっと見たり
とらがよくいた場所を念入りにスンスン匂いを嗅いでいたり
無垢たんがどういう意図でその行動をしているかはわからないけど、
見るとまた泣いてしまいます。

そんな無垢たんですが、とらの最後の1ヶ月。
色々我慢させてしまっていたと思います。
もちろんそうならないように気を配っていたつもりですが。

むくたんもいるでしゅ
無垢たんもいるでしゅよ

とらの監視?をしていると、そこの間に割り込むように・笑
でも、無垢たんもきっとわかっていたんでしょうね。
全然わがままな行動をとらず、一緒にとらを見守ってくれました。

無垢と一緒に見守る
無垢たんも一緒にみてあげるでしゅ

飼い主さんの上に座って、一緒にとらを見守っていました。



とらと無垢の会話?
・・・・・
・・・・・

何を話してたのかな。
イヤでしゅ  飼い主さんを頼む
そう言ってるように見えて切なかったな・・・

とらの最後の時、無垢たんは少しだけ離れた場所からとらと飼い主さんを
見守っていました。
旅立ってしまった後、無垢たんは何度かとらの近くには来たけどじっくり
見たり匂いを嗅いだりはしていませんでした。
お別れを言うのはイヤだったのかな。。。

飼い主さんがその直後に号泣していたら・・・・
無垢たん嘔吐しました(;´∀`)
すごいタイミングだなーと思わず1回涙は止まりましたね。
無垢たんもこの状況に戸惑っていたんでしょうねきっと。

それから1週間くらいは、飼い主さんも無垢たんも少し体調を崩しました。
無垢たんは軟便とか嘔吐を少し。
病気の可能性もあったけど、状況が状況だったので様子を見ていたら
1週間ほどでおさまりました。
その後は体は元気そうです。
心の方はわからないけど・・・・
飼い主さんに負けないくらいとらが好きですからね無垢たん。
今の状況をどう思っているのかな・・・
一人のお留守番にもやっと慣れてきた感じはします。

そんな無垢たんですが、とらの闘病中・そして旅立った後も
いてくれて本当に救われている気がします。
一緒に頑張ってくれて、一緒に悲しんでくれて。
時にその無邪気な行動にほっこりさせられ、子供っぽい危なっかしい
行動にハラハラさせられ。
そんな無垢たんがいてくれて、飼い主さんの気持ちはスっと楽に
なっていると思います。

無垢たんありがとう☆

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| 乳腺腫瘍~肺転移~虹の橋へ | 02:14 | comments:8 | trackbacks:0 | TOP↑

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闘病記完成 思い出を胸に

闘病記が完成しました。
実際に闘病してた日にあわせて記事をUPしたので、見たい方は
見てください。
肺転移からの闘病記一覧へ
(闘病記は全部で6日分あります)
ほとんど文章ばっかりで長いです。
私自身が、同じ病気の飼い主さんの体験記等をたくさん読ませてもらい
励まされたり参考になる事がたくさんあったので。
覚えている間に書けるだけ書いた感じです。
見ないで済むのが一番ですが、何か参考になれば幸いです。


ちなみにお葬式についても簡単に。
私自身、初めてのことで色々悩みましたが。
立会い火葬をして、自宅納骨にしました。
こうなったらとことんやろう!と思って、お骨あげも全部私がやりました。
とらは爪きりが嫌いだったので、爪が結構長かったんですが、
火葬後にこの子は爪が長くて立派ですね。
と火葬場の方に言われました。
これがとらなのか・・・一瞬頭が真っ白になりましたね。
火葬後の状態を見るとか、お骨あげが辛い場合はお任せ個別火葬
などもあります。

とらが最後を過ごしたハウスを返却し、そこにお仏壇のようなものを作って
みました。
無垢お仏壇

無垢も行き来するスペースなので、生花はおかず本当にこじんまりした
ものですがこの前に座ってとら、そっちはどう??なんて話しかけたり
しております。
線香立ても可愛らしいものがあったので買ってみましたが、どうやら無垢
は線香の匂いが苦手みたいです。
火がついていない状態でも、線香の近くに来ると気持ち悪そうに口を
クチャクチャっとさせます。
まぁ食べちゃうと有毒みたいなので、それよりはマシなんですけど。
なので、窓を全開にあけて時々お線香をたきます。
ミニ線香なので5分ほどで燃え尽きちゃうのもちょうどよかったです。

こうして仏壇の前に座っても、まだひょっこりとらが帰ってくるような
気がしちゃうのはしかたのないことなんですかね。
実感がわかないような、でもどこを見渡してもとらがいない現実。
もうすぐ2週間になりますが、まだまだ気持ちの整理はできていない
ようです。



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とら、うちにきてくれてありがとう。

DSCF4701400.jpg
とら、うちにきて幸せだった?

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私はめちゃめちゃ幸せだよ。

無垢登場 400412
とらに出会えて本当に幸せ。

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今はまだいっぱい泣いちゃうけど・・・

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無垢登場 928400
とらとの思い出を胸に頑張るからね。

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またいつか会えるよね☆

IMG_0973400.jpg
その日まで、私と無垢を見守っててね。

| 乳腺腫瘍~肺転移~虹の橋へ | 00:15 | comments:11 | trackbacks:0 | TOP↑

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とら 初七日・・・というか一週間たちました

皆さん、とらにそして飼い主さんにまで温かい言葉をありがとう
ございました。
もう少し落ち着きましたら、個々に伺わせていただきます。

早いもので、もうとらが旅立って1週間が経ちました。
とらは、私が初めて家族になった猫。
私の人生の約半分を一緒に過ごしてくれた大事な家族です。

当然、初めてのお別れでもありました。
本当に怖かった、想像するだけで胸が締め付けられるような。
隣にいるのが当たり前。
たとえ言葉が交わせなくても、損所そこらの人間さんたちより
以心伝心、気持ちは通じ合ってるはずです。
そのとらがいなくなって一週間か。。。。
飼い主さんはというと、思ったよりは落ち着いている気がします。
もっと絶望的に落ち込むと思ったんですが。
それは今ではないのか、とらがその辛い気持ちすら一緒に
虹の橋に持って行ってくれたのか。

もちろん、死ぬほど泣きました。
凹みました、何もやる気が起きないような気持ちにもなりました。
もうあのモフモフおなかに顔を埋めることができない・・・
あの豪快なおっぴろげーが見られない・・・
嫌がりながらも、その包容力で無垢を相手する姿が見られない・・・
大好きなベランダタイムを一緒に満喫することができない・・・
たくさんの楽しい思い出を残してくれたとら。
それがもうできないと思うと、本当に辛いです。

でも、常に頭に浮かぶのは精一杯生ききったとらの姿なんです。
そのとらが、今の私を見たらガッカリするよな・・・
きっと怒られちゃうよな・・・
そんなことを考えると、悲しさ・寂しさと同時にやる気ももらえてる
そんな感じがします。
だから、とらに恥じぬよう少しずつ前に進んでいこうと思います。

闘病記は改めて書きますが、最後のときについて少しだけ。
(明るい内容ではないので、辛い方は読まないでくださいね。
同じ病気の子を持つ飼い主さんたちの参考になればと
書き残しておきます)




とらの命を奪ったのは、乳腺腫瘍からの肺転移。
つまり肺がんです。
特に苦しんで最後を迎えるといわれている部類の病気です。
(場合によっては、安楽死という選択肢もあるような病気です)
なので、私の腕の中で穏やかに眠るように・・・・
という理想的な最後ではありませんでした。
最後の5分、この5分だけは本当に苦しく辛そうで。。。。。
発作というものなのかはわかりませんが、口呼吸をしながら
何もおなかに入っていないはずなのに嘔吐のようなものを
繰り返し。。。
荒い呼吸が突如止まり、再び荒い呼吸が。
みたいな事が数回あって、最後は再びがこない・・・・
という最後でした。
それをただ見守ることしかできず、もはや意味がないと思い
ながら酸素マスクを近づけ体をさするだけ。
もう十分頑張ったよ、ありがと、ありがとと多分話していたと
思います。(必死すぎて何を言ったかはあまり記憶にありません)

覚悟していたとしてもこの5分は堪えました。
でも、逆に言えばこの5分を除けばとらは肺がんという病の
中で比較的穏やかに過ごせていたようです。
獣医さんがそう言ってました。
とらが必死に隠していたのか、もっと進行して苦しくなる前に
神様が手を差し伸べてくれたのか。
もちろん1日でも長く一緒にいたかったけど、負担・デメリット
のある治療はとことん外し、延命のための強制給餌も早めに
切り上げた選択は間違っていなかったのかな・・・
という最後でもありました。
(これが正解という意味ではありません、飼い主さんがその子の
ことを思って選んだものが正解だと思うしかないと思います)

最後に、とらの写真を。
私がとったとらの最後の写真です。
そういわれなければ、穏やかに寝てるような写真だと思いますが。
一応、クリック表示にしておきますね。
安らかに とら

4kg弱あった体重は、最後には2.9kgにまで減りました。
でも最後まで毛並みが綺麗でしっかりしていると獣医さんに
褒められました。
抱っこをすれば痩せ細った事ははっきりとわかったけど、
この写真ではそんなのもわからないくらい綺麗で凛とした
姿でした。

寝てるように見えますが、上に書いたとおり壮絶な呼吸状態の最後
だったので、目も口も開いた状態で亡くなってしまいました。
私が目と口を閉じさせてもらった後の写真です。
本当にとらは頑張りました。
最後の最後まで必死に生きてくれました。

| 乳腺腫瘍~肺転移~虹の橋へ | 17:10 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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自宅での皮下補液と最後のその時まで

文字ばかりの闘病記を、ここまで読んでいただいてありがとう
ございます。
これが最後です。

奇跡の復活後、嘔吐によりまた病状が悪化したとら。
ここからは、往診の頻度も減らしただ見守るみたいな日々が1週間ほど。
とらは、食べない割には安定していました。
とらは食べたくないのではなく、食べたいけど苦しいという感じで。
ご飯をおいておくと匂いをかぎに行きます。
時々、数粒だけなんとか食べたり好きだったスープとかチュールとかを
差し出すと食べることがありました。
体重はどんどん減っていきましたが、肝臓のほうは大丈夫そうでした。
投薬が目に見えて効いている感じがなさそうだなとなった時に、もう
往診もいらない感じですかね?と相談します。
投薬はやらなくてもいいでしょう、やってほしければやりますが。
ただ、生きてくれている間は脱水だけはケアしてあげたほうがいい。
脱水もしんどいし気持ち悪いものだからと。
私がやってあげるのはダメか?
皮下補液を自宅で飼い主さんがやるというのは、腎臓病の猫ちゃんなどで
よくあるケースと聞いていたので相談します。
これがOKとなり、往診もやめて飼い主さんが自宅で皮下補液を行うのみ。
という生活が始まります。

皮下補液については、色々なブログや動画がすでにあるので省略しますね。
飼い主さんは、最初の1回だけ針をとらに刺すときに躊躇しすぎて失敗
しましたが、その後はすべて1発成功しました。
成功した一番の理由は、とらが動かないからだと思います。
これが元気な状態だったら一人でやりきれたかな・・・と思いますね。
針をさした時と、リンゲル液が体に入った直後に少し動いたり体をひねる
ようなしぐさはありましたがほとんど動かないでいてくれたので簡単に
皮下補液はできました。
50ccのリンゲル液を朝晩2回点滴しました。
量や回数は病状や脱水具合によって変わるので、獣医さんと相談の上
決めていきます。
脱水チェックはしたことありますか?
背中の皮をちょいっと持ち上げてS時にくねらせます。
くねらせた状態で手を離し、皮がスっとすぐ戻れば大丈夫。
ゆっくり戻るようだと脱水。
戻らないようだと重度の脱水。
みたいな感じです。
健康な時に戻り具合を見ておくのも大事ですね。

これにより、知らない人が家に来るというストレスからも開放されて、
とらはかなり穏やかな日々が過ごせていたと思います。
呼吸も本当に落ち着いていることが多かった。
トイレや、寝返りをうつだけで呼吸は荒くなってしまったけど、寝ている
時なんて以前となんら変わりない感じで。
最後はただただ穏やかに・・・という私の願いは叶っていたと思います。

★自宅での皮下補液の保険適用について
これもアニ○ムでは保険適用になります。
注意点は、前にも書いたとおり動物を見せた日しか保険適用にならない
ということ。
○診察日に数日分の補液セットを購入→保険適用
×なくなったので、補液セットのみを購入しにいく→保険適用外
ということです。
うちは70%コースでしたから、見てもらった日に多めに買っておけば
たとえ使い切らなくてもお得だったんですけどねー。
知らなくて少し損をしました。
あと、動物は自由診療ですので補液セットの価格も病院によって
かなり違いがあるみたいです。
うちは、長い治療ではないし今更お世話になった病院とほかを比較
して値切るのも・・と思ってやっていませんが。
のちに調べるとそれなりに高い部類だったみたいです。
ただ、とらが天国に行った後、使い終わった補液セット(必ず返却する)
と、使わなかった新品の補液セットを持って行ったところ、
使わなかったほうは返品処理してくれてお金が返ってきました。
お礼状とお菓子を持っていったのがよかったかな(笑)
長い付き合いになる場合は、この辺の価格もしっかり調べたほうが
良いと思います。


皮下補液を自宅で行う場合、ずっと獣医さんに見せなくて良いわけでは
ありません。
補液が過剰だと心臓や腎臓に負担がかかります。
とらのように肺をわずらっていると胸やおなかに水が貯まってしまう事も
あります。
自宅での皮下補液は5日間行いましたが、その間に1回だけ往診して状態
をチェックしてもらいました。
この時が最後の往診になります。
体重はついに3kgをきってしまいましたが、心臓の音は正常。
補液もしっかり吸収されている。
食べてないのに毛並みが綺麗でパサついてないし、本当に強い子だと
褒めてもらえました。
この往診の2日後に、とらは天国へ旅立っていきました。
最後の様子は、初七日記事に書いてあります。
決して楽な最後ではなかったけど、それまでの日々は穏やかに過ごせて
もらえていたかな。。。。

会話ができない動物との闘病生活は、
正解・ゴールのない迷路のようですよね。
その子が何を望んでいるかわからないし、どうしてあげるのが最善なのか。
わからないのに飼い主にはそれを決める責任があります。
あの時こうしていればとか、あれをやったことは良かったのかとか。
後悔することもたくさんありますが、とらも飼い主さんも精一杯やった。
今はそう思えるようになってきた感じです。


| 乳腺腫瘍~肺転移~虹の橋へ | 02:52 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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奇跡の復活!?は束の間の喜び

通院をやめて、往診による投薬のみ。
酸素ハウスの設置をした後、とらは奇跡的に復活をします。
それまで、ご飯・水とも自分から食べることをほぼやめてしまったとら。
体重はどんどん落ちていきました。
1日50-100g落ちていきます。
猫は、3-7日ご飯を食べないと肝リピドーシスというものになる事が
あります。
栄養が足りなくて、肝臓が必死に脂肪をかき集めて脂肪肝になり肝機能
障害がおこる。
という感じでしょうか。
放っておけば命に関わります。
治療法はとにかく栄養補給ですね。
食べないではなく食べれない場合は、鼻・食道・胃にチューブを入れて
強制的に食事を与える必要が出てきます。
鼻だけは全身麻酔なしでできますが、逆に意識があるなかで鼻チューブ
ですから猫への負担はそれなりにあります。
食道と胃は全身麻酔が必要です。
食べなくなって数日たったとき、この提案もありました。
ただ、鼻チューブは呼吸が辛い状態の子にやるのはいかがなものか。
ましてや全身麻酔はもう無理だろう・・・
ということでお断りしました。

最初の数日は、まだ比較的元気だったので本当に少しだけですが、
強制給餌をしました。
日に10-15gできればいいくらい。
(強制給餌はウェットフードになるので200g/日はあげないと
栄養は足りません)

本当に気休めですが、それでもゼロよりはマシだろうって。
それを3日くらい行ったあと、突如とらが自分からご飯を食べるように
なります。
投薬していたのはステロイド、気管支拡張剤、抗生物質。
薬が効いたのか、病院のストレスがなくなったのが良かったのか、
酸素室が効いたのか。
何が理由かはわかりませんが、とらは2日ほど通常の半分くらいは
自力でご飯を食べるようになります。
とらはウェット慣れしていないので、このときもドライフードです。
これには私も獣医さんもびっくり。
体重も2日で150gくらい増えました。
すごいなー、とらは肺がんにすら立ち向かっていくんだって。
本当に涙が出るくらい嬉しかった。
でも、これも束の間の喜びとなりました。

ご飯を食べるようになると、当然うん○が貯まります。
これがとらを苦しめることになります。
ご飯を食べるようになって3日目、とらがうん○をした後、嘔吐を
しました。
とらはもともと便秘症。
元気な時も、うん○の後に出きらず嘔吐をしてしまうことが年に数回は
ありました。
これがこの時もでてしまったんでしょう。
今のとらに嘔吐はきつすぎる。
すぐに口呼吸になり苦しそうに。
そんな中でも必死に残っていた?うん○をしてベッドに横たわります。
念のため酸素ハウスから酸素マスクに変えて、体をさすります。
(酸素を送るチューブをハウスから外して付属のマスクを取り付ければ
高濃度の酸素を送れる酸素マスクになります)
10分くらいで落ち着きましたかね。
この嘔吐の後、またとらはご飯を食べることをやめました。
これを見た時に、食べるも地獄食べないも地獄だなって思いましたね。
食べなきゃ栄養は足りないし、下手すれば肝臓が壊れる。
食べたら食べたでまた嘔吐するかもしれない。
この時に、あぁもうとらが嫌がることはすべてやめようと思いました。
できることがないなら、もうとらの好きに穏やかに。
これしかないなと思い知らされることになります。

闘病記ラストは、自宅での皮下補液と最後のその時までです。

| 乳腺腫瘍~肺転移~虹の橋へ | 02:03 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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